除夜の鐘と共に、今年も終わります。
除夜の鐘の数は108。
野球のボールの縫い目も108。
ボールの縫い目は試行錯誤の上、
最終的に強度などのバランスで108に落ち着いた、
というのが真相なのだそうですが、
煩悩の数とされる除夜の鐘の数と同じというのは、
やはり「野球道」的なものを感ぜざるを得ませんな。
除夜の鐘はその1年を振り返り、
多くの煩悩を振り払い、
生まれ変わり、再生した上で
新たな年を迎えるという意味合いがあるのだとか。
人間は普遍の存在ではなく、常に生まれ変わる存在である。
解剖学者、養老孟司先生の言ですが、
現代はそうしたことがなかなか認識できずらい時代なのだそうです。
現代は人は変わらない、または変わらないことこそ良い、
という認識が強いようですが、実際にはそれはありえないことらしい。
よく「そのままで」「君は変わらないで」
という言葉などが歌の歌詞などにも出てきますが、
人は新しい知識、情報を得ると、
好むと好まざるに係わらずにその瞬間生まれ変わってしまう。
重病の告知を受けた人が
「それまでとは景色、風景がまったく違って見えた」
というのも、景色が変わったからではなく、
新しい情報に触れて、自分が変わった現れなんだとか。
だから、「朝に道を聞かば 夕べに死すとも可なり」
なんて極端なことも実際にありえることになるし、
「君子豹変す」ということも良い意味合いとして成り立つ。
(現在ではあまり良い意味合いとしては使われませんが、
本来は「過ちに気付けば即座に大胆に改める」という意味です)
私たちは日々、生まれ変わることができる。
ましてや新陳代謝の著しい子供達はなおさらのこと。
成長するとは、そうやって自分が更新されていくことなのかもしれません。
この1年、皆さんにとってどんな1年だったでしょうか。
たくさんの挑戦と経験をした野球小僧の諸君、
君達自身が実感していようがいまいが、
今の君達と去年の君達ではまったくの別人だ。
さあ、これから始まる新しい1年で、
君達はどこまで新しく生まれ変わることができるだろう?
君達が進んで挑戦をすればするほど、
君達の成長するスピードも加速度的に上がるはず。
誰に遠慮することもなく、
堂々と挑戦の日々を送ろう。
そして、いつか、栄光の日々へ!
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失敗することを恐れるよりも、
何もしないことを恐れろ。
~本田宗一郎
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